6年前から母親と同居しております。あれは父親が亡くなってから8年ほど経った頃でしたが、私は二人の息子(20代独身)と三人で暮らしており、母も孫と一緒に暮らせば生活に刺激があるでしょうし、経済的なことを考えても、同居はお互いにメリットが多いと思ってのことでした。
高齢の母親との同居はストレス三昧
メリットを感じての同居ではあったんですが、高齢の母親と一緒に暮らすとなると、いろいろストレスに感じることがあります。それは母親も同じだとはと思うのですが、それにしても、こんなに大変なのかと痛感している次第です。
価値観が違う
お互いの価値観の違いでうまくいかないことは多々あります。例えば、居間のカーテンを買いに行った時のこと。その店で気に入ったのが無ければ、別の店もチェックしたい私と、「面倒だから、ここで決めてしまいたい」という母で、意見はくい違います。けっきょく母の意見が採用されるのですが(そうするしかない空気)、母の選ぶカーテンは、私の心にはまったく響きません。同居者との価値観が大きく異なると、家具の配置から台所用品に至るまで、ライフスタイルに自分の理想が反映されず、なんだかとても残念な気持ちにさせられます。
干渉される
母としてはそんなつもりは無いようですが、私や息子たちからすると、めちゃくちゃ干渉されている気分の毎日です。外出しようとすれば「どこに・誰と行って・どういうことをして・何時頃に帰ってくるのか」というのを必ず聞かれます。出かけたらもう放っておいて欲しいし、アテにもして欲しくないですが、「晩ご飯のしたくまでには帰ってくるの?」などと、玄関で靴を履いている時に言われると、本当にテンションが駄々下がります。同じ屋根の下に住んでいても、自分は自分、他の人は他の人と割り切り、放っておいてくれないかなあ…と、何度思ったことか。
必要以上に心配する
とにかく心配性で、毎日どうでもいい心配ばかりしています。自分がお土産に買ってきたお菓子を、みんなは食べただろうかと冷蔵庫を確かめる、孫が車で出かけたけど無事帰って来たんだろうかと、窓から外の様子を伺う、窓は閉めただろうか、玄関の鍵は掛けただろうか、炊飯器の予約ボタンは推しただろうか…などなど、いちど布団に入った後も気になり出すと眠れず、何度も起きて来ては、関係各所(!)を見てまわります。特に最近は物忘れが激しくなっているため、何度も何度も繰り返し確認しています。私たち家族も、「大丈夫だよ」「やってあるよ」と、1日に何度も答えることになり、仕方がないと思いながらも、すっかり疲労困憊です。
アンタは若いんだからと言われる
61歳と言えば一般的に初老と呼ばれる年齢、ワタクシなんざ、すっかり身も心もガタがきているというのに、何かにつけ、母の「あんたは若いんだから」が炸裂する今日この頃。確かに85歳よりはかなり若い。それは揺るぎない事実なのですが、20代や30代の若者でもあるまいし、「若いからできるよね?」というメッセージには辟易としております。
力持ちだと?
私がスーパーに買い物に行こうとすると「ついでにアレ買ってきて」と母から声がかかり、「あ、あとアレも」「それからアレも」と、どんどん増えていきます。しかも、重たい物ばかり。自分の買い物もあるし、徒歩で行く私は、あまり荷物を増やしたくないのに、母は「若いんだから平気でしょ」と、涼しい顔です。
食欲旺盛だと?
母は、食事の支度をする上で「足りないなんてことがあってはいけない」と強く思っているため、とにかくなんでも多目に作ります。毎晩、完食できない量のおかずを作っては、「若いんだから食べられるでしょ」と、こう来ます。息子たちにはまだいいとして、私には絶対に無理です。いったい、どんだけ胃袋が大きいと思っているのやら。
なんでも出来ると?
「あんたは若いんだから」は、やりたくないことを私に押し付ける時の常套句になっています。ボケ防止のため、少しくらいは身体を動かしていた方が良いのではないかと、朝のゴミ出しや、ちょっとした買い物など、できることはやってもらっていましたが、最近は何気にやりたくない感を醸し出しています。身体に負担なら無理してやってとは言いませんが、明らかにできることをなんでも押し付けられると、さすがにイライラします。
まとめ
これらのストレスは、同居に対する私の考えが甘かったのが大きな原因です。高齢者を労わる気持ちはありますが、何かにつけ口を挟まれたり、必要以上に頼られるとウンザリしてしまい、また、そんな自分が冷たく思えて嫌になることもあります。母親との同居を経験してみて、今の私に言えることはひとつ。親との同居は、しないで済むならしない方が良いし、必要に迫られるまで、自分のライフスタイルを満喫するに限ります。全国のお姑さんと同居するお嫁さんたち、本当に本当に尊敬いたします。というわけで、今日も韓ドラでストレス解消する私なのでした。